藤澤道徳さん

Fujisawa Michinori

#32

第32回目は、12・13期修了生の藤澤道徳さんです。東日本大震災を機に、故郷・福島の復興に人生を懸けてきた藤澤さん。ゼネコン勤務から起業、さらには町長選への挑戦まで歩みを進め、現在は環境分野や教育活動を通じて、福島の未来づくりに取り組んでいます。これまでの歩みと、その思いを伺いました。

藤澤道徳さんさんの写真

profile プロフィール

  • こんな活動をしています

    福島県富岡町出身。鹿島建設に約30年勤務後、東日本大震災を機に故郷の復興を志し独立。合同会社アクセラ代表として脱炭素・SDGsコンサルタントを務める。「脱炭素アドバイザー」「福島県地球温暖化防止活動推進委員」として中学校への出前講座や企業研修を行うほか、「もりの案内人」として小学校で自然観察や木工クラフトの講座も実施。次世代への教育と環境活動を通じて、福島の復興と地球の未来づくりに取り組んでいる。

  • おすすめのエシカル

    【本】

    『江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界』:化石燃料を全く使っていなかった江戸時代と比べて現代の生活を考える本です。現代の日本社会を維持するために燃やす全化石エネルギーを国民1人に換算した場合、10万キロカロリーを毎日燃やしているといいます。現代と比べて、江戸時代は本当に不便だったのか?全てを失った被災地域は、やはり不便ではありますが、避難先での便利な生活に慣れてしまっていないか?便利さよりも「心の豊かさ」を求めたいものです。

    【思い出のエシカル】

    夜ノ森駅のツツジ:福島県双葉郡富岡町の夜ノ森駅のツツジは有名でしたが、震災後、駅周辺の除染によりその多くが伐採されました。その際、ツツジの枝から苗を育て、その苗を里親が育てて、町内に移植をする活動があり、私も里親として活動しています。

ふるさと愛 故郷の復興に貢献したい、その一心で

私は福島県出身で、大学を卒業後、総合建設業(以下ゼネコン)の鹿島建設に勤めていました。2011年の東日本大震災をきっかけに、福島から家族8人を東京の自宅に迎え入れ、12人で共同生活を送りました。震災直後は故郷に戻ることは難しいと考えていましたが、父と兄が復興を目指して生活拠点を福島へ移す中で、私自身もゼネコン社員として故郷の復興に寄与したいという思いが強くなりました。

希望が叶い、震災から5年後の2016年、福島復興再生事務所の営業責任者として従事しました。しかし、ゼネコンの立場では入札結果によって携われる事業が決まります。それでは、自分が本当にやりたい復興に取り組めないと感じました。それであれば請負者ではなく発注者になろうと思い、2021年、復興が心のケアを重視し始めたフェーズで、約30年間勤務した鹿島建設を退職しました。

会社員時代からSDGsやカーボンニュートラルに非常に関心があり、福島は原子力に依存してきたからこそ、再エネに特化した町づくりが必要だと思いました。そこで、自ら発信し実行できる立場で復興に関わりたいと考え、私が暮らす福島県双葉郡富岡町で行われた2021年の町長選に立候補しました。残念ながら選挙は落選してしまいましたが、自分にできる復興をやろうということで、コンサルティングの合同会社アクセラを起業して5年目になります。

アクセラ(Accelerator)という社名には、地域や地球の未来を「加速」させるという強い意志が込められています。会社員時代のネットワークを活かしながら、環境系コンサルタントとして活動しています。特にカーボンニュートラルの実現に向けて企業がどのように取り組んでいくべきか、世界標準に合わせた脱炭素やSDGsの取り組みなどをお伝えしています。

震災の爪痕(奥の建物が実家)
地震・津波・原発災害に見舞われた実家

復興15年、福島が抱える現実

震災から15年が経過しましたが、被災エリアでは復興バブルの名残がまだ続くのではないかと淡い期待を持ち続ける風潮が見受けられます。加えて、福島第一・第二原子力発電所の将来的な廃炉が決まっているため、そこに向けて長期的に関わり続けられるのではないかと考え、どうしても目先のことに集中する企業も多いように感じます。そのため、私がこの地域だからこそ取り組みたい環境分野の活動は、この地域では必ずしも理解を得られないこともあります。

そこで、教育を通じて次世代を育てることも必要だと考え、「脱炭素アドバイザー」や「福島県地球温暖化防止活動推進委員」として、「地球温暖化防止」をテーマに、中学校へボランティアで出前講座をする機会を得ています。また、昨年は「生涯学習コーディネーター」としても、県内の年配者向けに、SDGsについてのお話をさせていただきました。

また、コンサルとして「企業研修講師」も受託していて、大分の建設業界に対して「地球温暖化防止」や「カーボンニュートラル」をキーワードに、脱炭素経営について今年6月末から7月上旬に5時間の講演をさせていただく予定です。福島では脱炭素やカーボンニュートラルについてまだ十分な関心が得られなくても、全国の企業や民間は興味があるのではないかと考え、講師という道を志し、日本プロフェッショナル講師協会の認定資格を取得しました。

講義の様子

地球温暖化を自分事として捉えた瞬間

私がエシカルに辿り着いたきっかけはSDGsに興味を持ったことが入り口です。東京にいた時にSDGsのバッジをしている人を見て、「あれは何だろう?」とSDGsという言葉すら知らないところから興味を持ちました。イギリスのSDGs講座など、いくつかの講座を受けて勉強し、SDGsエデュケーションのファシリテーターの資格も取得しました。エシカルという言葉を知ったのは、一般社団法人SDGs大学で学んでいた時でした。

エシカル・コンシェルジュ講座は12期と13期を受講しましたが、一番印象に残った講座は、Climate Integrate代表理事 平田仁子さんの「気候変動の今 迫る危機に何ができるのか」です。「こんなにも地球温暖化が差し迫っているのか」と非常にリアルに危機感を感じることができました。「福島県地球温暖化防止活動推進委員」の活動を開始したのも、この講座がきっかけです。

最近は「地球温暖化防止」が私の中で大きなテーマになっていて、国際環境NGO「350 Japan (スリーフィフティージャパン)」や「The Climate Reality Project Japan」にも加入し、今年の8月には350 Japanで「気候変動基礎講座」と「再エネ講座」の講師を務めることになりました。

エシカル・コンシェルジュ講座を2期連続で受講したことで、同じ講師の方の講座でも時間軸の中での変化を感じられ、全てが今の活動に活かされていると感じています。いろいろな講座を受けた中で、エシカル・コンシェルジュ講座で感じた一番のメリットは、受講しやすい価格設定だったことです。講座でよくありがちですが、教材を山ほど与えられ、情報過多の中で何をやるかが難しいと感じたり、格納されている情報をいつでも見に行けるとなると、なかなか見に行く機会が作れなかったりします。

でも、エシカル・コンシェルジュ講座は、ある程度の講座視聴のアーカイブ期間があり、アウトプット会で学び直しながら、受講するメンバーとフランクにいろいろなことを話す機会があったり、学生応援企画があったり、システムとしてとても有効で素晴らしいと感じました。今後もエシカル・コンシェルジュ講座はまた受講したいと思いますし、社会変革を起こすエシカル・リーダーズにも参加して、学びを深めたいと思っています。

教育こそ未来への投資

2017年の4月1日から富岡でも人が住めるようになり、私も同日に居住を開始してまもなく10年になります。私が住んでいる富岡町は、震災前は1万6千人が暮らしていました。被災後、ほぼ住人がいなくなりましたが、現在はようやく増えてきて約3千人が暮らしています。

まだ二重居住の特例が認められているので、避難先で暮らしていても、住民票が富岡町にある町民が1万3千人ほどいます。情報の伝達がなかなかできないこの状況の中で、昔ながらのコミュニティを継続していくのはとても難しいことです。復興は15年経っても道半ばというのがリアルな実情だと思います。

この地域で暮らす人たちにSDGsやエシカルなどの新しい考えをお伝えするには、時間はとてもかかりますが、やはり次世代への教育を通じて普及活動を進めていくのが最も効果があると考えています。

そうしたこともあり、NPO法人「福島県もりの案内人」の会の「もりの案内人」という資格も取得して、森林での活動を通して、森林の役割や生物の多様性などについてお伝えしています。具体的には小学校で「自然観察」や、間伐材を活用した「木工クラフト」などのプログラムの出前講座を行っています。このような活動を通して子どもたちと触れ合うことが、私の中で今一番の大きな活動となっています。

もりの案内人の出前講座の様子
出前講座で使用する木工クラフトキット

復興と自立、その先にある課題

また、この地域には現在も国による手厚い支援が続いているため、「いつまでそのサポートに依存するのか、いつ自治体単体として永続的な自立を目指すのか」という検討が必要だと思っています。この地域では、消滅可能性自治体の議論の除外対象となっていますが、この支援が永続的に続くものではないことをしっかりと意識して、健全な自治体運営を目指すべきであると考えます。

国の政策が手厚いだけに、いろいろな人の流入があり、復興だけでなく、復興支援という名の営利目的で、利益獲得が優先される側面も見受けられます。震災を機に、補助金で高額なお金が入るので、お金の価値観がガラリと変わってしまい生活が二極化してしまうなど、地域の根底にある簡単には解決できない現実に悩ましさを感じています。これは私個人ではどうにかできることではありません。

5年前、ゼネコンで培った復興加速化に対するアイディアやネットワークを活用して窮状を脱するために何かできないかと思い、町長選に挑戦しました。でも元々政治家を目指していたわけではないので、現在は一有権者として「地域としての方向性をきちんと見出すべきではないか」と考えているところです。そのための礎(いしずえ)として、教育が大切で、情報発信が根幹です。やはり次世代を健全にサポートしていくことが重要だと感じています。

いろいろな世代に話をする中で、次世代の子どもたちには、地球温暖化危機のリアルを伝えると不安になってしまうので、不安を抱かないような展開にしています。ただ、各地域のビジネスや専門職のリーダーが集まるロータリークラブや、商工会など、企業を経営している方々に話す機会には、危機感を共有しながら、「今すぐ行動することが社会を良くする」という誘導ができるような展開にしています。

一歩ずつ、未来を耕す

私自身、企業研修で講師をする中で「情報を与えるだけではなく、そこからいかに行動変容を起こす人を増やせるか」が大切だと思っています。ですが、人は学んだ内容を時間の経過とともに忘れていくと言われている中で、その日のうちに一歩や二歩を踏み出してもらうのはとても難しいことだと感じています。

そんな中で、末吉さんがいつもしてくださる「1人の100歩より100人の1歩」のお話、一人の一歩は小さいかもしれないけど、みんなで行動を起こすことが「幸せのものさし」なんだということが、教えとしてとても記憶に残っています。私も行動することの大切さを常に意識して活動していますし、今の講師活動を通しても、そうした思いを参加者のみなさんに持ち帰っていただきたいと思っています。

また、講師活動だけでなく、日々の暮らしの中でも自分にできる実践を続けています。その一つが畑づくりです。風評被害や風化がある中でリアルな姿もお伝えしながら、生活している人たちの元気に頑張っている姿や、安全・安心だということを発信して見せることが大切だと思っています。除染のために表土を剥ぎ取り、そこに砕石を埋めて、地力が低下して10年近く耕されていない畑を、土づくりから新たに始めました。線量を測定しながら、安全・安心な野菜づくりに取り組んでいます。野菜の多くは自給できていて、ほとんど購入することはありません。

食べきれないほど収穫できた野菜をご近所の方にお裾分けしたり、地域の方々とのコミュニケーションの機会をつくったりと、地道な活動を続けています。そうした積み重ねが地域を変える力になると信じていますし、それこそが、一人ひとりの小さな一歩の大切さだと感じています。今後も福島の未来と地球環境のために、自ら一歩を積み重ねながら、多くの人の行動につながるきっかけをつくっていきたいと思います。

家庭菜園の様子
ある朝に収穫した野菜たち

文:大信田千尋(一般社団法人エシカル協会)

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