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【エシカル・コンシェルジュ名鑑】

#25 海を変える。未来を変える。漁師たちが挑む“新3K”革命
フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング\ 津田祐樹さん/

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「エシカル・コンシェルジュ名鑑」では、日本全国・世界各国にいるエシカル・コンシェルジュを紹介します。講座を受講したきっかけや、職種、興味のある分野は人によって様々です。どんな仲間がいるのか、どんな活動をしているのかぜひ参考にしてください。

第25回目は、14期修了生の津田祐樹さんです。違法漁業、海洋環境の悪化、資源の枯渇などの危機に直面する海を守るため、震災を機に若手漁師集団を立ち上げた津田さん。 “新3K”を掲げ、水産業の再生から海洋環境保全へ――消費者を巻き込み、海を未来へ繋ぐ「フィッシャーマン・ジャパン」の取り組みや挑戦に感動しました。津田さんのご活動が多くの方に届くことを願っています。

::プロフィール::


株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング
代表取締役社長 津田祐樹

宮城県石巻市の魚屋の2代目であったが、東日本大震災を機に地元漁師達と一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンを設立。現在は分社化した販売部門の株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングの代表として国内外への販路拡大や全国の漁村支援を推進。同時に「海洋環境保全」「IUU撲滅」「資源管理推」を目指し、サステナブル・シーフードの普及活動、海洋インパクトファンドの設立、全国の志高き漁師が集まる『水産未来サミット』の主宰を通し、現場の声を国に届ける政策提言も行っている。
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【食】
ふぃっしゃーまん丼:仙台空港内のフィッシャーマン・ジャパン・マーケティング運営の『ふぃっしゃーまん亭』で提供しているサステナブル・シーフードを沢山使った丼(左)

【活動】
野外フェスでのサステナブル・シーフード普及:関西・大阪万博『BLUE OCEAN FES.』でのサステナブル・シーフード普及活動の様子(右)

「きつい・汚い・危険」から「カッコよくて・稼げて・革新的」な“新3K”へ!


私は宮城県石巻市出身で、40年続く実家の鮮魚店の二代目として、鮮魚の小売・卸業に従事していました。もともと日本の漁業や水産業は「資源の枯渇」「魚価の低迷」「高齢化」など多くの課題を抱えていましたが、2011年3月の東日本大震災で大きな被害を受け、震災後には、それらの課題が一気に顕在化しました。

一次産業の中でも、漁業や水産業には独特の制約があります。農業は土地を所有できますが、漁業のフィールドとなる海は公共物のため所有できません。良いアイデアを思いついても勝手に実行することはできず、すべてに許認可が必要です。さらに、既得権益に守られた閉鎖的な構造のため、自由度は極めて低いのが現実です。

加えて、海は繋がっています。隣の地域で問題が起きれば、自分のフィールドも直ちに影響を受けます。つまり、自分の漁場を良くしたければ、周囲や国全体を良くしていかなければならないという構造になっています。課題を解決するには、個人や個社だけでは難しく、チームを作る必要がありました。

そこで震災から3年後の2014年、地元の漁師たちとともに「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げました。「漁業のイメージをカッコよくて、稼げて、革新的な“新3K”に変え、次世代へと続く未来の水産業の形を作る」ことを掲げた若手漁師集団です。

まずは震災により激減した『水産人材の確保』を目的に、全国の方に注目してもらえるように、団体名やデザインに力を入れ、目立つことを重視しました。半年ほど議論を重ねて最終的にたどり着いたのは「きつい・汚い・危険」という従来の“負の3K”を、「カッコよくて・稼げて・革新的」な“新3K”に変えるという理念でした。将来世代が憧れるような団体でありたいと、ビジュアルや生き様にもこだわりました。

「フィッシャーマン・ジャパン」のビジュアル写真


その戦略が功を奏し、多くのメディアに取り上げられ、知名度が上がりました。同時にSNSを活用した発信や取り組みによって人が集まり、ある程度の人材確保の道筋ができました。そこでもう一つの課題である「販路回復」に取り組みます。漁師の数が増え、魚が獲れるようになっても、それを買い支える水産業(水産加工・流通)がなければ業界は回りません。

震災を機に販路を失った地域の水産会社の商品を売るべく、地域商社として「株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング」を設立しました。私はもともと魚の売買を生業にしていたため、この部門で代表取締役を務めています。現在は一般社団法人と株式会社の2社体制で、「人材・経済・環境」の三つの軸を基盤に、様々な事業を展開しています。

消費者を巻き込んだ大きなムーブメントを起こしたい


これまでの10年間は、三陸を中心とした日本の漁業や水産業を復活させることを目標に活動してきましたが、近年の海洋環境の悪化は深刻です。今、私たちが取り組まなくてはいけないのは「豊かな海洋環境を取り戻すこと」です。しかしその課題はスケールが大きく、本来は国や行政が解決すべきものであり、一民間企業の力でどうにかできるものではありません。

けれども、国や行政を待つ時間はもうない、待ったなしの状況です。これまで私たちは、海洋環境保全に特化したインパクトファンドの設立や、全国の漁業者を集めた『水産未来サミット』の開催など、さまざまな取り組みを続けてきました。しかし「我々だけでは限界がある」ということを痛感してきました。

一方で、消費者が変わることで世界が変わる事例もあります。例えば、プラスチックごみに苦しむウミガメの写真が広まったことで世論が動き、レジ袋の有料化が進みました。20年前には考えられなかった変化です。だからこそ、私たちは海の課題を解決するために、消費者を巻き込んだ大きなムーブメントを起こしたいと考えました。

宮城県内には、水産資源や海洋環境に配慮した持続可能な漁業・養殖業に関する国際的な認証であるMSC・ASC認証を取得している事業者が日本で最も多く存在します。しかしその認証取得に伴うコストは現状、魚の価格に反映されず、企業の自己負担となっています。本来、この負担はバリューチェーン全体、特に恩恵を受ける消費者が担うべきだという考え方もあります。

MSC認証のタイセイヨウクロマグロ


日本の消費者の多くは、自国に流通している水産物の中に、世界中のIUU漁業(違法、無報告、無規制)で漁獲された水産物が混じっている可能性があることを認識していません。しかし、もし消費者がこの事実を知り、サステナブルな魚を求めるようになれば、流通業者や漁業者も応じざるを得ないでしょう。そのためには、まず消費者に向けた情報発信が不可欠です。

情報を広げるには、メディアやエンターテインメントの力を活用することが重要で、難しい問題であっても、楽しく伝えることで多くの人の関心を引きつけられると考えています。私がエシカル・コンシェルジュ講座の14期を受講した動機は、そのための糸口を掴むためでした。

講座から得られた新しい視点


エシカル・コンシュルジュ講座は、新しい視点を数多く得られてとても有意義でした。その中でも、砥川直大さん(The Breakthrough Company GO クリエイティブ・ディレクター)の講座「エシカルを拡めるには? ~社会を動かすメッセージのつくり方~」は、まさに私が求めていた内容でした。

砥川さんがおっしゃった「情報をただ伝えるのではなく、相手にとっての意味を提供し、感情に訴えかけるストーリーこそが、人を行動に駆り立てる」という考え方は、10回の講座の集大成とも言える学びの核となりました。受講後は、営業活動において伝え方を工夫し、実際に試しています。

例えば、MSC・ASC認証のサステナブル・シーフードを飲食店に提案する際、以前は「CSR的に必要な取り組みですよ」という切り口で話していました。最近は、「今、消費者はこうしたテーマに敏感です。先行的に取り入れることでブランドイメージの向上や集客にも繋がります。消費者とのコミュニケーションツールとして導入しませんか?」といった形で提案しています。

まだ試行錯誤を重ねている段階ですが、これまでサステナビリティに関心の薄かった人たちも、ここ2年ほどの社会背景の変化や消費者の関心の高まりもあり、少しずつ受け止め方が変わってきたと感じています。

また、辻井隆行さん(J リーグ執行役員〈サステナビリティ領域担当〉/元パタゴニア日本支社長 )の講座「この危機とモヤモヤを乗り越えよう〜意識と行動で仕組みを変える〜」で紹介されたパタゴニアの事例から、「現在地を正直に伝えること」の大切さを学びました。

理想を掲げても達成できていないことは素直に認める。その姿勢は、これまで欠けていたと気づかされました。勇気は必要ですが、そうすることで自分たちへのプレッシャーにもなり、外に対する約束にもなる。非常に重要な姿勢だと思いました。

田口一成さん(株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長)の講座「社会を再構築するソーシャルビジネスの作り方 ~社会起業家たちの挑戦~」では、ビジネス戦略とエシカルなアプローチをどう結びつけるかという視点に強い刺激を受けました。

以前から田口さんの著書を読んだり、セミナーを拝聴したりしていましたが、改めて「いかにベネフィットを掘り下げ、提供し、経済性に転換して両立させるか」が重要だと実感しました。特に、ハーブ商品の事例で「日本で一番詳しいと言えるくらいハーブについて徹底的に調べた」と語られていたことに衝撃を受けました。正直、自分はそこまで掘り下げた経験がなく、「甘かった」と気づかされました。

志のある人に向けて高いレベルで議論できる場を作ることの重要性


エシカル・コンシェルジュ講座を受講して、講座の仕組みに大きな感銘と影響を受けました。講師陣の顔ぶれを見ると5万5千円という受講料は妥当だと思いますが、正直、会社経費ではなく個人の財布から出すとなると勇気のいる金額だと思いました。しかしそれにも関わらず、基礎知識を学び、同じ志を持った受講者が延べ25,000人(2025年8月現在)もいると知り、大変驚きました。

この金額を払って受講する人たちは熱量や本気度が尋常ではないと感じましたし、そのような人々がこれだけいることは本当に凄いことだと思いました。私たちの団体はこれまで、問題や課題を「なるべくハードルを下げて伝えること」に重きを置いてきました。しかし今回の受講を通じて、むしろハードルをある程度上げても参加する人は必ず一定数いると勇気をもらいました。

入り口のハードルを下げることも必要ですが、志のある人に向けて高いレベルで議論できる場を作ることも重要だと感じました。そこで私たちも、「伝えたい情報や想いをきちんと届ける場を作るべきだ」と一念発起し、今年の7月に「ネイチャーポジティブ」を学ぶ講座「ネイチャーポジティブアカデミー」を立ち上げました。この講座は、まさにエシカル・コンシェルジュ講座を大いに参考にさせていただきました。


「ネイチャーポジティブ」という言葉を、最近耳にする機会が増えている方も多いと思います。これは世界的に脱炭素と並ぶ非常に重要なテーマとされており、環境省によると「自然再興」と訳され、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」を意味します。

ただし、脱炭素に比べると概念が掴みにくく、「具体的に何をすれば良いのか分かりにくい」と感じる人も多いのではないでしょうか。この講座は、そうした“モヤモヤ”を少しでも解消したいという思いから、自分自身が「受講したい人代表」として企画しました。実際に学んでみると非常に難しいテーマですが、簡単に言うと「崩れている生態系を良い方向に回すこと」だと私は捉えています。

一つのエリアでどのような産業構成を組み、その地域から最大限に食糧やエネルギーを得るか。その際に常に生態系や全体最適を意識しながら、地域の一次産業をどう作っていくかを学ぶことが大切だと思います。

講座を企画した当初は「もし人が集まらなかったら……」と不安で、赤字覚悟でした。しかし、思いのほか多くの方に参加いただき、とても驚きましたし、やってみて本当に良かったと心から思っています。今後も1年に1,2回は継続して開催していきたいと考えています。

分野を切り分けることなく「社会全体で地球を良くしていく」空気を醸成


この10年の活動を通じて、まだ達成できていない大きな課題があります。それは 「資源管理」「海洋環境保全」「IUU(違法・無報告・無規制)漁業の撲滅」 です。例えば驚くべき事実の一つに、世界で流通している水産物の約3割が違法に獲られた魚だという統計があります。その背後では、いまだに強制労働や児童労働が横行しています。

欧米をはじめ多くの先進国では、漁獲証明のない水産物や人権侵害の恐れがある水産物の輸入を禁止しています。しかし、日本の輸入規制は非常に緩く、違法漁獲品の世界最大の受け入れ先が日本である可能性は高いと見られています。違法であるがゆえに統計には表れませんが、これは世界共通の認識です。

私たちがスーパーや飲食店で「安くて嬉しい」と手にするマグロは、違法漁獲された可能性がゼロではありません。そしてその安い魚が市場に流れ込むことで、日本で真っ当に漁業を営む漁師たちは魚価が上がらず苦しんでいます。廃業も後を絶ちません。

結果として、世界の水産資源を枯渇させ、人権侵害を引き起こし、自国の一次産業を痛めつけている――それが今の日本の漁業・水産業の実態です。私はこの状況を何としても変えたいという強い使命感に駆られています。

幸いなことに、最近では日本経済新聞に「この魚はどこから来たのか ニッポンの食卓に差す影」と題した記事が掲載されるなど、少しずつ「なぜ違法漁獲を止めなければならないのか」「それを支えているのは日本人である」という認識が広まりつつあり、良い流れが芽生えてきていると感じます。

来年1月に仙台の公共施設で「エシカル映画祭」を開催する予定です。上映するのは『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』というドキュメンタリー映画です。騙され、拉致され、「海の奴隷」として漁船で働かされる男性たち(ゴースト)を救うため、一人のタイ人女性が命がけで航海に出る物語で、海の現実を知る大切な機会になると考えています。

現在は、こうした啓蒙活動を通じて多くの方々に海で起きている問題を知ってもらい、空気を変えること、そして全国の漁師の声を国に届けて法律や制度を変えていくこと――この両輪で活動を進めています。また、エシカル協会でいただいたご縁を大切にしながら、分野を切り分けることなく「社会全体で地球を良くしていく」空気を醸成していきたいと思います。

私は常に 「実践あるのみ」 の姿勢です。これからも消費者を巻き込んだムーブメントを模索し、挑戦を続けます。そして、いつかエシカル・コンシェルジュ講座に海のテーマが含まれることがあれば、その時は全力で協力させていただきたいと思っています。

定置網漁の様子(宮城県東松島市)

文:大信田千尋(一般社団法人エシカル協会)
2025/10/6

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